ガンマ線: ADCのDNL補正(Sliding Scale Method)

チャージアンプの出力はADコンバータ(ADC)によりデジタル化されます。使っているADCはマイクロコントローラ(STM32F207VE)内蔵の12ビットADCです。一般にADCにはDNL(微分非直線性)と呼ばれる誤差がありますが、通常の用途ではあまり問題になりません。しかし、ガンマ線のスペクトルグラフを描く用途では顕著にその誤差が現れます。次の画像はDNLの補正をする前のCS137のスペクトルです。CS137_DNL補正なし(画像をクリックすると拡大できます。以下同じ)

この画像の一部分を拡大したのが次の画像です。CS137_DNL補正なし拡大このグラフを見ると、左半分では周期的にカウント数が変動しています。右側の全吸収ピークではカウント数が大きく上下しています。これらの不具合はADCの各ビットの電圧幅が一定でない事に起因します。良くあるのは隣合うビットで一方が幅が狭く、その隣のビットは幅が広い場合です。この場合ソフトである程度補正が可能です。その補正を行ったのが次の画像です。CS137_DNLソフト補正この補正で大分良くなりましたが限界があります。補正をより完全に行うにはハード的な対策が必要で、Sliding Scale Methodという方法があります。この方法はDAコンバータ(DAC)を回路に追加し、チャージアンプの出力とDACの出力をオペアンプで足し合わせて、AD変換し、変換されたデジタル値からDACの電圧を引くという方法です。DACの出力を0から数十テャンネル変化させれば色々な電圧幅のビットでサンプリングする事になり、結果的にDNLが目立たなくなります。この方法で補正したのが次の画像です。

CS137_DNLハード補正_この補正の効果は著しく、きれいなスペクトルが得られます。

 

ガンマ線: バックグラウンド(道路:大阪-名張)

GeoGamma220を車に載せ、大阪市から高速道路で名張市まで走行テストを行いました。大阪市と名張市は距離が50km程度離れていますが、その間で計数率に大きな変化はありませんでした。

新大阪_名張_周波数スペクトル画像をクリックすると拡大できます。

下のグラフは計数率で1秒毎のカウント数です。中央のグラフは計数率の周波数スペクトルです。周波数スペクトルは、計数率の変化の仕方を知るために、FFTで求めたものです。周波数スペクトルには特徴的なピークはなく、システムの不具合などによる変な固有振動は無い事が分ります。また0.05Hz以上の周波数でほぼ一定のレベルとなり、計数率は雑音のような変化をしている事も分ります。

ガンマ線:バックグラウンド(新幹線:岡山-新大阪)

GeoGamma220で新幹線の岡山―新大阪間を測定したデータです。測定器を列車の床の上に置き窓際にGPSアンテナを置いて測定しました。

岡山ー新大阪
画像をクリックすると拡大できます。

この区間はトンネルが多く、計数率が大きく変化します。六甲トンネルと神戸トンネルは区間が長く、同じトンネル内でも計数率が10,000程度の区間と6,000程度の区間の2種類あります。この違いは地質によるものと考えられます。地質図Naviでトンネルの地質を調べると、計数率が高い区間は花崗岩、低い区間は珪長質深成岩類の分布と概ね一致します。
赤穂市周辺の帆坂、赤穂、相生トンネルの計数率も高いですが、このトンネルの地質は花崗岩でなく、非アルカリ珪長質火山岩類となっています。

ガンマ線: パルス検出回路

フォトマル(PMT)からの信号はガンマ線のエネルギーに比例した電流ですが、電流はパルス状であり、積分値を求める必要があります。その回路は次の図のようになっています。chargeamp2

実際に流れる電流はこの回路からフォトマルに向かう電流で、IC8のオペアンプに接続されたコンデンサ(C39)が充電され、電荷量に応じた電圧がIC8の出力端子に現れます。その電圧はIC5Bのバッファを通して、マイクロコントローラ(STM32F207V)内蔵のADコンバータに接続され、デジタル値に変換されます。AD変換が終了した後、コンデンサに並列に接続されたトランジスタ(Q2)によりコンデンサの電荷は放電されます。
IC5Aのオペアンプを含む回路はADコンバータのDNL(微分非直線性)を補正するための回路です。マイクロコントローラ内蔵のDAコンバータにより0-30mV程度の電圧を変化させながら、コンデンサの電圧に加算してAD変換します。そして、デジタル値から加算した電圧を引き算するという操作で、DNLを補正します。

実際の波形は次のようになっています。
フォトマルに流れる電流を観測したのが次の画像です。この画像はTP2における電圧を測定したもので、R25をショートした状態で観測したものです。このパルスでは最大10mA程度で減衰時間が1μsec程度です。

photo_current3

このパルスの大きさは元のガンマ線のエネルギーに比例します。Cs137の標準線源をフォトマルにくっつけて測定したのが次の画像です。この画像はパルスを画面上で積算したもので色によりそのパルスが生じた回数が分ります。緑や青は回数が少なく、赤からオレンジは回数が多い事を示しています。

cs1

Cs137の全吸収ピークに対応するパルスはオレンジで回数が多く、それより電圧が低くなると回数が少なくなり、コンプトンエッジに対応する電圧より低くなると回数が多くなるのが分ります。

次にTP1における波形は次の画像です。この波形はR25をショートしていない通常の回路のものです。

TP1

このパルスの立ち上がり部分は光電流によりコンデンサ(C39)が充電される事によるもので、立ち下がりはトランジスタ(Q12)による放電によるものです。500nsec毎に生じている小さなヒゲ状のパルスはADコンバータの変換によるもので、パルスのどの部分がAD変換されているのか分ります。
パルスの積分とAD変換の時間は約3μsecで、この時間がこの測定器のDead Timeになります。

ガンマ線: パルス分布(Poisson clumping)

ガンマ線ディテクタからの出力パルスを観測すると興味深い事が分ります。次の動画を見ると観測する時間によりパルスの分布が違って見えます。この動画はCs137のガンマ線を観測したもので、中央のパルスでトリガーをかけ、その前後の時間のパルスを表示しています。時間軸(X軸)の単位は、1格子あたり、前半では20msec,後半では10μsecです。

pulse_clumping
画像をクリックすると動画を表示します。

この動画で、前半の画面の観測時間は200msecでこの程度の長い時間で見ると、パルス分布に偏りはなくアトランダムに一様に分布しています。それに対し、後半の画面は0.1msecと短い時間で観測したもので、分布は明らかに右側に偏っています。右側に偏るということは原子核の崩壊は1回起きると続いて崩壊する事が多い事を示しています。また、崩壊する前は時間が開く事が多い事も示しています。
放射性の原子核の崩壊は完全にアトランダムに起きます。このCs137の例では、ある崩壊と次の崩壊の間に因果関係もありません。しかし、オシロスコープで見るパルス分布は一つの崩壊が次の崩壊のきっかけになっているようにも見えます。一見矛盾するようにも思えますが、アトランダムに起きる事象はこのような分布をするという事が数学的にも証明されています。このような偏りはPoisson Clumping(ポアソンクランピング)と呼ばれています。

ガンマ線:Cs137の特性X線

Cs137の特性X線のエネルギーは、ネットで検索すると32keVの値が一般的ですが、30~36keVの間の数値も見られます。何故色々あるのかですが、複数のX線が出ているためだと分りました。

31.8keV, 32.2keV, 36.4keVの3本で、ディテクタによりスペクトルの現れ方が違ってきます。NaIシンチレータを使った場合などでは3本が合体し32.9keVになるとの話です。

ディテクタの校正をしていて、この特性X線の位置が合わないので何故かと思っていました。32keVと33keVでは誤差としては3%になるので原因を追及しないといけなかったが、回路の問題でなく良かった。

特性X線の検出

Cs137では33keV(Naiの場合)、Ba133では31keVに特性X線が検出されます。この特性X線のカウント数が上がらないので原因を調べました。何故カウント数が少ないかは、雑音と判断されて有効なパルスと認識されていないためだと分かったのですが、何故雑音と誤認識されるのかがすぐには分りませんでした。色々調べて分ったのは、ソフト的な問題でした。

ガンマ線のパルスかどうかの検出はマイクロコントローラ(STM32F207)で行っています。このコントローラはアナログウォッチドッグという機能があり、一定以上のAD変換値になったら割り込みがかかります。この割り込みがかかるレベルを最低のエネルギー検出レベルにしていてガンマ線のパルスが入った時に割り込み処理でカウントするという流れです。カウントが終わればコンデンサの電荷を放電させるためトランジスタQ2をオンにします。回路1

割り込みがかかるのは本来のパルス以外に雑音の場合もあり、AD変換を3回行っていずれの値も最初の値以上かどうかで雑音かどうかを判定しています。誤検出が起きていた原因はトランジスタをオンにして電荷を放電させるのを本来のパルス以外でも行っていたためでした。、トランジスタをオンにするとオペアンプの出力は0ではなく数10mV程度上がります。トランジスタをオフにすると数μsec程度で0に戻ります。雑音が多くない時は問題ないのですが雑音が多くなると数10mVが0に戻る前に雑音が入ってしまい、数10mVが連続するようになってしまいます。そうするとその数10mVで割り込がかかるようになり、今度は連続した数10mVの値ですので本来のパルスと認識されるようになってしまいます。この誤認識が起こらないようにするため、閾値を上げないといけなくなり、特性X線のカウント数が上がらないという事でした。雑音の場合はトランジスタをオンにしないようにしたところ、問題が無くなり、Ba133の特性X線(31keV)の場合でも正常にカウントされるようになりました。

ガンマ線:低エネルギー領域のバックグラウンド

30keV以下のエネルギー領域でバックグラウンドがどのようなスペクトルになるのか調べました。フォトマルにかける電圧を高くし、低エネルギーまでスペクトルを表示するようにしました。その結果が次のグラフで、Cs137を参照のため重畳しています。

Cs137_900V
この画面の低エネルギー部分を拡大したのが次のグラフです。

Cs137_900V_2
このグラフのピークはCs137の32keVで、横軸のチャンネル数を3で割るとおおよそのエネルギーが出ます。グラフでは20チャンネル即ち7keV程度から測定できています。次のグラフはCs137の重畳を行わない場合のものです。

bg_900V_2
このグラフから7keV~30keVの間はほぼフラットなカウント数である事が分かります。このようなレスポンスになるのは一般的な事なのか、この測定器特有なのかは調査中です。カウントされているパルスはフォトマルの雑音である可能性もあります。

 

ガンマ線: 積分回路とノイズ

30keV以下のパルスを精度良く検出するには回路のノイズを出来るだけ少なくする必要があります。ノイズ対策として、積分回路のオペアンプ出力をオシロで観測すると20mV程度のホワイトノイズが観測されました。回路を見ても発生源が分らなかったので、片っ端から部品を交換し、関連する部品を全部交換してもノイズが無くなりませんでした。それで再度回路を見ていて気が付いたのは積分回路に入っている1MΩの抵抗でした。積分回路

この抵抗は、雑音や非常に弱い光パルスによりコンデンサが充電された電荷を放電させるもので、この抵抗が無いとすぐに出力が飽和して機能しなくなります。一方、この抵抗は光パルスの積分電圧を時間と共に下げますので、AD変換を行っている間は影響が無いような値にする必要があります。そのため、1MΩの値にしていました。

この抵抗が大きすぎるのではないかと思い、100kΩにしてみました。そうしたところ、今まで出ていたノイズが嘘のようになくなりました。

何故、ノイズが出なくなったか原因を探るため、積分回路の交流特性を調べました。その結果が次のグラフです。ゲインは70dB以上もあります。これだけのゲインがあるとホワイトノイズが出力に現れても不思議でもありません。

積分回路1MΩ

また抵抗を100kΩにした場合は次のグラフになります。ゲインはマイナスになりました。100kΩにしてノイズが減ったのは、積分回路のアンプとしてのゲインがマイナスになったためでした。積分回路100kΩ

100kΩにするとAD変換中の電圧降下が心配ですが、オシロで見たところ殆ど影響はなく、スペクトルでも影響は確認できませんでした。

 

ガンマ線:ベースラインシフト補正

使用しているフォトマルは陰極接地タイプですので、カップリングコンデンサによるベースラインシフトが起きます。その影響は30keV付近の特性X線のスペクトルの位置や形状に影響を与えます。ガンマ線が強くなると特性X線のピークチャンネルは小さく、スペクトル上では左に移動していき、測定限界以下になるとピークがなくなります。

この問題を解決するのに、今回はデジタル的な補正を行いました。ベースラインシフトの大きさはフォトマルに流れる電流に比例しますので、フォトマルに流れる電流を見積もります。その方法として、プロセッサでガンマ線パルスが観測される度にチャンネル番号を加算していきます。一定時間毎の合計はフォトマルに流れる電流に比例すると考えられますので、その合計に応じてチャンネル番号を補正します。

この方法により、線量率が10uSv/h程度以下であれば問題ないレベルまで補正ができました。それ以上の強度になると特性X線のピークのカウント数が減少し、最後はなくなってしまいます。