カテゴリー別アーカイブ: 回路・動作説明

ガンマ線:温度補正

NaIシンチレータの光強度およびフォトマルのゲインは温度により大きく変化します。そのため、温度補正をしないとCs137のピーク位置は温度によりずれてきます。次のグラフはCs137のピークが温度によりどう変化するか測定した結果です。温度を-20℃~50℃の間で変化させその時のCs137の662keVのピークチャンネルを測定しました。Cs137_tempチャンネルは50℃で465の最低となり、-10℃で589の最高となります。その差は124チャンネルで、約150keVに相当する変動幅です。

この変動を抑えるためにGeoGamma220ではフォトマルに供給する電圧を温度により変化させて、シンチレータとフォトマルの総合的なゲインが一定になるようにしています。そのため、Cs137のピークが移動しないためにフォトマルにかける電圧を測定したのが次のグラフです。HighV_temp

また、この電圧を発生させるためにSTM32のDACにセットする値(0~4096)のグラフも求めておきます。それが次のグラフです。HighV-DAC
以上の測定により、ディテクタの温度とDACにセットする値が次の数式で表されます。
V = -6E-05 * t * t * t + 0.0098 * t * t + 0.2925 * t+ 695.21 tは温度(℃)
DAC = 54.922 * V – 36296

この数式で補正を行い、Cs137のピークの変動を測定したのが次のグラフです。このグラフは温度を-20℃~10℃まで10℃毎に変化させ、その後恒温槽の電源を切り自然に30℃まで温度上昇させたものです。青のラインが温度、ピンクが電圧、黄色がCs137のピークチャンネルです。 -20_10step_30poweroff

次のグラフは温度を30℃~50℃~0℃と変化させたものです。30_50_0以上の結果では-20℃~50℃の範囲でCs137のピークチャンネルは456~465の9チャンネルの変動幅で、割合にすると約±1%に収まるようになりました。

グラフでは温度が変化した後、少し遅れて電圧が変化しています。これは電圧を決定する温度として、過去40分間の平均温度にしているためです。測定用のサーミスタはディテクタの外側ケースに貼り付けてあり、その温度がシンチレータの内部まで伝わるには時間がかかるので、その時間を考慮しています。

なお、上記の数式はテストしたディテクタにのみ適用できるもので、シンチレータやフォトマルが変われば変更する必要があります。

ガンマ線:測定回路のDead Time

線量率が高くなると、測定回路のDead Timeが影響して、補正をしないと線量率が正しく表示されません。その補正のため、測定回路のDead Timeを見積りました。次の波形は,ガンマ線のパルスが積分され、AD変換がされた後、リセット回路で電荷が放電される過程を表しています。print_073 この波形のパルス幅は4μsec程度で、Dead Timeはこの値より大きくなります。この値にプロセッサでの割り込みの処理時間などが加算されますが、その値は状況にもよるので推定が難しいです。そこで実際にパルス間隔がどうなっているか調べました。print_075この画面で、黄色のパルスはコンデンサを放電するタイミングで発生させたパルスで、この間隔が最短でどの程度になるかでDead Timeの上限が分かります。その最短時間を見るために、この画面ではオシロをPersistモードで観測していています。グレイの部分は一度でもパルスが表示されたところです。この画面で見ると黄色のパルス間隔は最短で約4.8μsec程度ですので、Dead Timeは4から4.8μsecの間だと考えられます。

 

ガンマ線:線量率の直線性

線量率の直線性をチェックしました。
基準線源(Cs137 10MBq)と測定器の距離を変える事で線量を増減させ、基準値とGeoGamma220の測定値と比較しました。次のテーブルはその結果で、基準値は逆二乗法で求めた値、実測値は生の測定値です。基準値は測定室のバックグラウンド(0.11μSv/h)を含んだ値です。

基準値 実測値 補正値1 補正値2 補正値3 補正値3/基準値
μSv/h μSv/h μSv/h μSv/h μSv/h %
1.0073 1.29 1.04 1.05024 1.000228 99.3
3.0175 3.38 3.13 3.206967 3.054254 101.2
5.099 5.46 5.21 5.408772 5.151212 101.0
10.4 10.5 10.25 10.9655 10.44333 100.4
29.97 27.2 26.95 31.70588 30.19608 100.8
52.216 42.5 42.25 53.99361 51.42249 98.5
81.59 61.1 60.85 86.00707 81.91149 100.4

この基準値と実測値をグラフにしたのが次の図です。細い線はy=xのグラフで、青の線が実測値です。線量率が高くなるほどずれが大きくなっています。
グラフ基準ー実測

次のグラフは基準値と実測値の比率で、線量率により直線性がどう変わるのかが分ります。グラフ基準ー実測_比率

このグラフを見ると線量率が10μSv/h以下では、低くなるに従い実際より多めになっています。原因として考えられるのは基準線源の散乱線の影響です。線源からのガンマ線が床や壁に入射し、そこで反射されたガンマ線がディテクタに入射し、低線量率での誤差になっていると考えられます。その量は直接測定するのは難しいので、数値を適当に設定して計算すると、0.25μSv/hを差し引くと良くなりました。この値が上記のテーブルの補正値1です。なお、この0.25μSv/hは計算結果が合うように求めた数値であり、散乱線の影響が本当にそれだけあるのかは別の方法で確認する必要があります。

次に高線量率での誤差ですが、これはディテクタのDead Timeによりカウントされないためだと考えられます。ディテクタのDead Timeは別項で述べますが、4から5μsec程度です。そこで、Dead Timeの補正として (1-CPS * DeadTime) の式により補正します。ここでCPSはスペクトルのカウント値を合計して求めた1秒あたりのカウント数です。Dead Timeの実際の値としては4.5μsecにすると一番誤差が少なくなりました。この補正を行った後の数値が補正値2です。

この補正値2では全体に5%ほど値が高めなので、補正値2を1.05で割り、最終的な補正値3を得ます。以上の3項目につての補正を行った結果、直線性は1から80μSv/hの範囲で2%以内に収まりました。

グラフ基準ー補正値3比率
なお、測定器としての補正はDead Timeによる補正と3番目の全体の値への補正の2項目を行う事になります。
今回のチェックでは線量率の上限は80μSv/hでしたが、グラフから見ると測定できる上限としては100μSv/hまでは行けそうな気がします。

 

ガンマ線:G(E)関数

GeoGamma220の検出回路で得られるガンマ線データはエネルギー毎のカウント数です。それを一般に良く使われる線量率に変換するために、GeoGamma220ではG(E)関数を使用しています。G(E)関数を使うと、各エネルギー毎の計数率とそのエネルギーでの関数値を掛け合わせて、簡単に線量率を求める事ができます。G(E)関数値は次の論文に掲載されています。

「実効線量当量単位に対応したNaI(Tl)シンチレーション検出器の
G(E)関数(スペクトルー線量変換演算子)の決定 」 堤正博、斎藤公明、森内茂  http://jolissrch-inter.tokai-sc.jaea.go.jp/pdfdata/JAERI-M-91-204.pdf

この論文では、NaI(Tl)シンチレータの大きさ、ガンマ線の照射条件、求める値(カーマ、1cm線量当量、実効線量当量)毎に関数値のテーブルが記載されています。これらのテーブルのうち、使用したテーブルは2インチ円筒形シンチレータ用、平行ビーム、1cm線量当量のもので、Table1-5の2″φx2″の値です。

この関数を一般に市販する製品に利用していいのか、著者の森内先生にお聞きしたところ快諾して頂きました。また、G(E)関数のソースコードの公開も出所明記の元で良いとの事でしたので、間違いが無いのを確認した後で公開する予定です。

ガンマ線:エネルギー直線性

スペクトルデータのピークの位置が本来の値として表示されるためには、アンプゲインだけでなく、直線性が問題となります。そこで、Cs137のピークの位置を基準として、他の線源のピークが本来の位置からどれだけずれるか検証しました。使用したピークはBa133の31keV,81keV,Cs137の662keV,Co60の1172keV,バックグランドのTl208の2615keVです。10台のディテクタについての結果が次のグラフです。

エネルギー直線性

もし吸収されたエネルギーとパルス高が正確に比例するのであればグラフは横一直線になる筈ですが、それとは違いプラス7%マイナス10%程度の誤差があります。NaIシンチレータにこのような非直線性があるのは文献でも述べられています。

「球形NaI(Tl)シンチレーション検出器のスペクトル-線量 変換演算子の決定」 (森内茂他)には次の図が掲載されています。

PulseHeigthVsEnergy 今回の測定結果はこの図の傾向とよく似ていて、NaIシンチレータではパルス高をエネルギーに変換する場合は補正が必要な事が分かります。補正は10台の測定結果を見るとそれぞれ違っていて、これを一つの補正関数で行う事ができるのかどうか分かりません。方針としては個別に行うとして、各線源のピーク間を直線で補間するという方法でテストしたところ特に問題なく補正ができました。

 

 

ガンマ線: 高電圧供給回路

フォトマルには高電圧を印加しますが、その回路は次のようになっています。

回路図の左下にあるC10940が高電圧発生モジュールです。このモジュールは浜松ホトニクスの製品で、入力電圧は5V、出力電圧は0~1200Vまで可変できます。電圧の制御は、VCONT端子に0~1200mVを加えるとその1000倍の電圧が出力されます。GeoGamma220ではフォトマルには700V程度の電圧をかけています。そのための制御電圧は、基準電圧IC ADR441の出力が2.5Vで、その電圧を固定抵抗とポテンションメータで分圧して得ています。そして、マイクロコントローラSTM32F207のDAC出力をダイオードをとおして加える事で高電圧を可変できるようにしています。また、出力された高電圧は20MΩと33kΩの抵抗で分圧し、STM32F207のADCで電圧を測定するようになっています。

 

高圧回路

 

C10940は次の写真の左下に映っていますが、小型で5Vで動作し、温度範囲も-20℃~50℃で使用できるので、使いやすい高電圧電源です。この基板にはGPSモジュールなど間欠的に電流を多く消費するモジュールがあり、5Vにノイズが乗ります。そのため、コーセルの5V-5VDCDCコンバータ SUS1R50505を通してC10940に5Vを供給しています。このコンバータを入れないと、スペクトルの30keV以下にノイズによるカウントが増える場合がありました。

kiban

ガンマ線:ベースラインシフト補正

使用しているフォトマルは陰極接地タイプですので、カップリングコンデンサによるベースラインシフトが起きます。その影響は30keV付近の特性X線のスペクトルの位置や形状に影響を与えます。ガンマ線が強くなると特性X線のピークチャンネルは小さく、スペクトル上では左に移動していき、測定限界以下になるとピークがなくなります。

この問題を解決するのに、今回はデジタル的な補正を行いました。ベースラインシフトの大きさはフォトマルに流れる電流に比例しますので、フォトマルに流れる電流を見積もります。その方法として、プロセッサでガンマ線パルスが観測される度にチャンネル番号を加算していきます。一定時間毎の合計はフォトマルに流れる電流に比例すると考えられますので、その合計に応じてチャンネル番号を補正します。

この方法により、線量率が10uSv/h程度以下であれば問題ないレベルまで補正ができました。それ以上の強度になると特性X線のピークのカウント数が減少し、最後はなくなってしまいます。

ガンマ線: 積分回路とノイズ

30keV以下のパルスを精度良く検出するには回路のノイズを出来るだけ少なくする必要があります。ノイズ対策として、積分回路のオペアンプ出力をオシロで観測すると20mV程度のホワイトノイズが観測されました。回路を見ても発生源が分らなかったので、片っ端から部品を交換し、関連する部品を全部交換してもノイズが無くなりませんでした。それで再度回路を見ていて気が付いたのは積分回路に入っている1MΩの抵抗でした。積分回路

この抵抗は、雑音や非常に弱い光パルスによりコンデンサが充電された電荷を放電させるもので、この抵抗が無いとすぐに出力が飽和して機能しなくなります。一方、この抵抗は光パルスの積分電圧を時間と共に下げますので、AD変換を行っている間は影響が無いような値にする必要があります。そのため、1MΩの値にしていました。

この抵抗が大きすぎるのではないかと思い、100kΩにしてみました。そうしたところ、今まで出ていたノイズが嘘のようになくなりました。

何故、ノイズが出なくなったか原因を探るため、積分回路の交流特性を調べました。その結果が次のグラフです。ゲインは70dB以上もあります。これだけのゲインがあるとホワイトノイズが出力に現れても不思議でもありません。

積分回路1MΩ

また抵抗を100kΩにした場合は次のグラフになります。ゲインはマイナスになりました。100kΩにしてノイズが減ったのは、積分回路のアンプとしてのゲインがマイナスになったためでした。積分回路100kΩ

100kΩにするとAD変換中の電圧降下が心配ですが、オシロで見たところ殆ど影響はなく、スペクトルでも影響は確認できませんでした。

 

ガンマ線:低エネルギー領域のバックグラウンド

30keV以下のエネルギー領域でバックグラウンドがどのようなスペクトルになるのか調べました。フォトマルにかける電圧を高くし、低エネルギーまでスペクトルを表示するようにしました。その結果が次のグラフで、Cs137を参照のため重畳しています。

Cs137_900V
この画面の低エネルギー部分を拡大したのが次のグラフです。

Cs137_900V_2
このグラフのピークはCs137の32keVで、横軸のチャンネル数を3で割るとおおよそのエネルギーが出ます。グラフでは20チャンネル即ち7keV程度から測定できています。次のグラフはCs137の重畳を行わない場合のものです。

bg_900V_2
このグラフから7keV~30keVの間はほぼフラットなカウント数である事が分かります。このようなレスポンスになるのは一般的な事なのか、この測定器特有なのかは調査中です。カウントされているパルスはフォトマルの雑音である可能性もあります。

 

特性X線の検出

Cs137では33keV(Naiの場合)、Ba133では31keVに特性X線が検出されます。この特性X線のカウント数が上がらないので原因を調べました。何故カウント数が少ないかは、雑音と判断されて有効なパルスと認識されていないためだと分かったのですが、何故雑音と誤認識されるのかがすぐには分りませんでした。色々調べて分ったのは、ソフト的な問題でした。

ガンマ線のパルスかどうかの検出はマイクロコントローラ(STM32F207)で行っています。このコントローラはアナログウォッチドッグという機能があり、一定以上のAD変換値になったら割り込みがかかります。この割り込みがかかるレベルを最低のエネルギー検出レベルにしていてガンマ線のパルスが入った時に割り込み処理でカウントするという流れです。カウントが終わればコンデンサの電荷を放電させるためトランジスタQ2をオンにします。回路1

割り込みがかかるのは本来のパルス以外に雑音の場合もあり、AD変換を3回行っていずれの値も最初の値以上かどうかで雑音かどうかを判定しています。誤検出が起きていた原因はトランジスタをオンにして電荷を放電させるのを本来のパルス以外でも行っていたためでした。、トランジスタをオンにするとオペアンプの出力は0ではなく数10mV程度上がります。トランジスタをオフにすると数μsec程度で0に戻ります。雑音が多くない時は問題ないのですが雑音が多くなると数10mVが0に戻る前に雑音が入ってしまい、数10mVが連続するようになってしまいます。そうするとその数10mVで割り込がかかるようになり、今度は連続した数10mVの値ですので本来のパルスと認識されるようになってしまいます。この誤認識が起こらないようにするため、閾値を上げないといけなくなり、特性X線のカウント数が上がらないという事でした。雑音の場合はトランジスタをオンにしないようにしたところ、問題が無くなり、Ba133の特性X線(31keV)の場合でも正常にカウントされるようになりました。